学期末に、学生は読んだ本の中から一番お気に入りの本を選んで、その本のポップを描きます。ポップは図書館の入り口や中に展示されます。また、県立大学の生協には、人気のある本とそのポップが一緒に積まれています。
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――水野先生が行われている独自の取り組みや「リーディングマラソン」について教えて下さい。
「リーディングマラソン」とは、英語の本を読むことを“走ること”に見立てて、楽しみながらゲーム感覚で読書量を競うこと。洋書に出てくる英単語400語を1kmと換算して、読んだ量を距離数で表します。
Aという学生が本を読んだ感想を、仲間のBに伝えることで、Bがその本を読むきっかけになる。そういった「読書の輪」を、「教室」という場と「インターネット」を活用して、どう作っていけばいいかを、試行錯誤しながら研究してきました。
私は教室でほとんど講義をしません。授業では、4〜5人のグループで毎週英語の本を紹介し合います。特に気に入ったセリフや場面は、英語で読み聞かせをします。仲間に「本を紹介する」ことが目的なので、日本語と英語の両方を使ってコミュニケーションをしています。英語は、「英語で話す」ことよりも「英語で本を読む」ことに絞っています。
私が個人的に使っているAmazon(アマゾン)というサイトを参考にして立ち上げた「Interactive Reading Community(IRC)」(http://125.100.132.218/irc/top.do)というサイトがあります。そのサイトには、本一冊につき一つのBBS(電子掲示板)が設置されています。学生たちは、図書館あるいは研究室から借りた本を読み終えると、その本専用のBBSに自分が書いた書評をアップします。すると、その本の読破距離数が“Reading Marathon”というページの自分の名前のところにグラフで追加されます。読んだ量がひと目で分かるので、達成感もあると思います。
――授業内容に対して、学生たちの反応はいかがでしたか?
10年くらい取り組んできましたが、8割の学生は「授業を取ってよかった」と思っただろうけど、2割の学生は複雑だったと思います。学生は、基本的に一週間で一冊の本を読みます。距離数が30km以上のものには、2〜3週間を費やしてもよいことにしていますが、サークルやバイト、ほかの授業で忙しく、本を読む時間を、授業外の日常生活の中で創り出す習慣をつくっていけない学生は、授業が非常に苦痛でしょう。
単位を取るには13冊あるいは130km以上、Aを取るには18冊あるいは180km以上とゴールを決めています。どうすれば単位がとれるか、Aが貰えるかという「目標」を明確に「数字」で示しているので、「達成動機」が高まり、毎学期、多くの学生がAを取っています。
それに、図書館や研究室には、学生たちが大好きな漫画の英語訳、例えば、『のだめカンタービレ』『ブラックジャック』、『ナウシカ』『となりのトトロ』などがあります。また、学生たちが幼稚園のときに先生や両親から読み聞かせをしてもらった絵本の原書も揃っています。学生たちの興味・関心に応えられるように蔵書を豊かにすること、つまり本の選択肢を多くすることが多読授業の成功の「カギ」を握っています。
学生たちは、多くの本の中から「自分が読みたい本」を探すことができるようになることを、この授業を通じて学んでいきます。なかには「自分が読みたい本がわからない」という学生が結構います。そこで、教室とIRCというサイトを通じて、本との出会いをサポートしているわけです。研究室で、私から学生に声をかけて本の紹介をしていますが、基本的に私は本の好みには一切口を出しちゃいけないと思っています。本が厚過ぎたり、評判が悪かったりする場合はやめたほうがいいと言いますけど。最初から距離数の多いものを読み始めると、読めなくなって挫折してしまうことがあるんです。でも、ある一冊の本との出会いを通じて、“Reading for Pleasure”が経験できると、それが「足場かけ」となって、自分に合った本を選ぶコツがつかめていき、次々と「読みたい本」が見つかっていくことが多いんですよ。
――こういった取り組みをしようと思ったきっかけはありますか?
学生時代の苦い思い出なんですが、実は私は大学を中退してるんです。私の通っていた大学の外国語学部の授業は、各教員が自分の好みで選んだ一冊の本を、学生がただ訳すというものでした。試験の時には、学生たちはノートに書かれてある日本語訳を丸暗記してテストを受けるだけ。そうした授業でも、必修科目なので出席しなくてはならないのですが、「なぜ授業がおもしろくないのか」「なぜ嫌な思いを毎週教室でしなければいけないのか」と思っていました。その理由は、「自分が読みたい本を選んで読む」という大事な権利が奪われていたことが原因だったんです。教員の意識の中で、一人ひとりの「本との出会いと対話」が大事だという認識が欠落していたのではないでしょうか。だからこそ、教師になった今、学生たちが「一人の読者」として、「本との出会いと対話」「本を媒介とした仲間との出会いと対話」を経験できる環境や機会を作ってあげたいと思い、努力を続けています。
――おすすめの英語本を教えて下さい。
一番おすすめは、Ronald Dahl(ロアルド・ダール)の『Matilda』(日本語版『マチルダはちいさな大天才』)です。ずば抜けた能力を持った小学校1年生の女の子・マチルダが、校長先生と対立する話。校長先生はものすごく大きな女の人で、暴力と権力で子供たちを圧迫しようとするけど、体力では勝てないマチルダが知恵を働かせて、校長先生と戦う。そのやり方がおもしろい。マチルダの能力を最初に認めた担任の先生との関係が、物語の中でだんだん親密になっていく経過もいい。
Mitch Albom(ミッチ・アルボム)の『Tuesdays with Morrie』(日本語版『モリー先生との火曜日』)。これは著者の実話で、大学時代の恩師Morrie先生が、筋肉が萎縮するALSに冒されたことを知り、卒業後、何年も経過した後に再会をします。Morrie先生の生き様と言葉から、人は「死」を覚悟したときに初めて「生きるとはどういうことか」が見えてくる、そのことを強く実感させられます。 “Death ends a life, not a relationship.” 最後は涙が止まりません。Morrie先生の教え子である、この本の著者Mitch 自らの言葉をじっくりと味わいながら「生きることの意味」について考えてみてください。対話形式なので読みやすいです。
Nicholas Sparks の『The Notebook』(日本語版『きみに読む物語』)もおすすめ。離ればなれになった恋人同士が長い月日を経て再会したとき、二人の恋は再び始めることが出来るのか? “… the first time you fall in love, it changes your life forever, and no matter how hard you try, the feeling never goes away…” この二人の話はラストまで目が離せません。自分の想像力を働かせながら、そして、いつの間にか自分の経験と重ね合わせながら、この物語の世界に入り込んでしまいます。大学時代に、ぜひ、この物語のような恋愛をして欲しいです。
最後に、『Slam Dunk』(日本語版『スラムダンク』)。学生たちの大好きな漫画の英語訳です。学生たちは、日本語で読んで頭の中に刻まれている、主人公たちの数々の有名なセリフが、英語でどのように表現されているかを楽しみながら読んでいます。春子さんが“Do you like basketball?”というと、花道が“I love it. All of us athletes do!”と見栄を張っていう場面。リバウンドの練習を嫌がる花道に赤木が言った“The player who controls the rebounds controls the game.”(訳「リバウンドを制する者は試合を制す」)。花道の春子さんへの一途な愛や、バスケットボールを通じたライバルと切磋琢磨する戦いなど。恋あり、笑いあり、バスケットボールに対する熱意を含めた人間模様がすごくおもしろいです。
――取り組みを通して、学生に身に付けて欲しいことはなんですか?
すっごくいい質問ですね。齋藤孝さんという明治大学の先生がいらっしゃいまして、私は大ファンなんですよ。齋藤先生は、本を読み終えただけで「本を読んだ」ことにするのではなく、本の読みどころやおもしろいと感じたところ、著者が伝えたいこと、本から学んだことを相手に伝えられてこそ、初めて「本を読んだ」と言えるとおっしゃっています。そういった先生の読書論・コミュニケーション論に、私はものすごく影響を受けています。
しかし、本の書評を書くこと、本を通じて仲間と対話をすること、読書コミュニティをインターネット上に築いていくことに、教育的価値を見出さない先生たちが結構いらっしゃいます。多くの学生が書評を書くのに、30分から1時間くらいかかるので、その時間を英語の本を読むことに費やしたほうがいいという考え方です。また、書評を書くことを前提にすると読書が嫌いになる、という考え方です。でも、授業で「樽に水を貯める」かのごとく、英語を読むことに90分を費やすというスタイルは、私は反対です。そうした文字通りの「多読」は、この授業を受講した後に個人でやっていけばよいことで、「授業」では、仲間としかできないことをやるほうがいい。限られた時間の中で「共に学び合い成長する」ために、互いに本を紹介し合う「読書コミュニティ」を作ることに重点をおいています。
――今後の取り組みについては、どのようにお考えですか?
福岡県立大学での「読書コミュニティ」を、IRCというサイトを媒介にして広げていきたいです。九州・沖縄の各県の大学、さらに、全国の大学にも広がっていって欲しいと願っています。
「読書コミュニティ」を広げていくにあたって、本を選ぶ時に、書評を読む人と読まない人の違いを知る必要があると考えています。Amazonのように、自分でお金を出して買う状況であれば、買う価値があるか判断するために、読んだ人の意見を聞く、つまり書評を読むと思います。単位を取るために本を読む学生には、本を買う必要はないため、書評を真剣に読む必要がありません。そういった学生に、どうやってIRCというサイト上で「書評をじっくりと読んで、本を選ぶ」という行動を取らせていけるかが、今の課題です。
2009年にはこの多読授業のブログも立ち上げる予定です。日付をクリックすると、その日に行われている九州の全大学の授業の様子が、写真と英語の説明で見られるようにしたいと思っています。日記は、各大学の学生と教員が一緒に協力して書き込んでいきたいと思っています。いろんな大学の情報が全結集して、そこで新たな発見もあるでしょう。10年前、この取り組みを始めた時にはなかった“ブログ”というツールを使って、新しい取り組みにチャレンジします。
『読書のいずみ』(No.123/2010年夏号)に掲載されました
洋書シリーズ「Reading for Pleasure」にて福岡県立大学の水野邦太郎先生が1冊の本『Matilda』を取り上げ、洋書の読み方をご紹介しています。
→PDF(999KB)を見る
『Matilda』
著:Roald Dahl
出版社:Puffin
『マチルダはちいさな大天才』
著:ロアルド・ダール、訳:宮下嶺夫
出版社:評論社
著:Mitch Albom
出版社:Anchor books
『モリー先生との火曜日(普及版)』
著:ミッチ・アルボム、訳:別宮貞徳
出版社:NHK出版
『The Notebook』
著:Nicholas Sparks
出版社:Warner Books; Reissue版
『きみに読む物語』
著:ニコラス・スパークス、訳:雨沢泰
出版社:ソフトバンククリエイティブ
『Slam Dunk 1』
著:Takehiko Inoue
出版社:Viz Communications
『スラムダンク(1)』
著:井上雄彦
出版社:集英社